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40代も半ばを過ぎると、何をレガシーとして残せるかを考えるようになりました。

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第2次ベビーブーム世代の私達は恵まれていて、戦争も無ければ、生まれた時から衣食住に困ることも無く、教育も受け、少なくとも不幸ではない人生を送れています。

人口の多い私達の世代が一斉に高齢者になった時、社会の構造はどうなっていくのでしょう。

のんべんだらりと日々を過ごしていては、次の世代に貢献できないどころか、何も残せなかった世代として恨まれても仕方ないですね。

私達が40代・50代にすべきことは、やはり、

ハードワーク&ハードシンキング

だと思います。目の前の自分の利益ではなく、社会のためにカラダにも脳ミソにも汗水を垂らして働くこと。うわべではない、物事の本質を追求すること。そこで得た知見を基に、豊かな教育の機会を次世代に与えること。

そのせいで少しくらい寿命が縮まってもいいじゃないですか。その程度は社会に恩返ししてもいいと思っています。

by H. Shinada 
(ワインバー フェルマータ sommelier)

# by winebar_fermata | 2019-02-23 14:40 | 生きる。
嫌な予感はしていました。昨日、夢に晤郎さんが出てきましたから。

朝起きて新聞をめくって、とうとう来てほしくない時が来てしまった、と...。

     ***

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日高晤郎ショーを聴き始めたのはいつだったか。高校生のころ母親がラジオで聴いていたのを何となく覚えています。

私の30代は、職務の重責、異業種への転職、そして独立開業、アトピーは最悪と、つらいことの多い時期でした。

行き詰まって、つらくてつらくてどうしようもない時いつも私を救ってくれたのは、土曜日にラジオから流れる晤郎さんの元気な声でした。

「どんなにつらいことがあってもね、少しだけ辛抱して。土曜日には必ず俺とラジオで会えるから!」って。

私が生きている間に、あんな凄い人はもう現われないでしょうね。

これからはもう、晤郎さんの生の声には助けてもらえない。でも大丈夫、私たち晤郎さんファンの胸には、晤郎さんの声がしっかりと刻まれていますから。

どれだけいるのかわからない、たくさんの晤郎さんファンが、晤郎さんの代わりはできないかも知れないけれども、「周りの人を一人でも幸せにしてあげたい!」って思って毎日生きていくはずです。これって、想像したらすごい事ですよ。

私が晤郎さんに教わったこと、たくさんありすぎて挙げきれないです。

ひとつだけ挙げるなら、最近やっと、つらいことを笑い飛ばせるようになったことかな。

「良く笑えた日は佳い一日だ」

ずっと座右の銘にさせていただいています。

     ***

晤郎さんの姿を生で拝見したのは、たった一度だけ、2011年のクリスマスディナーショーに行ったときのことです。

舞台の袖から晤郎さんが登場して「Smile」を歌いはじめた時は、つらかった日々のことが急に胸中を巡って、涙があふれ出て止まりませんでした。

そして先日3月24日の土曜日、最後になってしまった晤郎ショー。病に冒されていたのに体じゅうの力をふり絞って番組を続ける晤郎さんの声。痛々しくて聴いていられず、途中でラジオを切ってしまいました。

でもラストだけはどうしても聴きたくて「街のあかり」に間に合いました。

ダメだよー、また泣いちゃうじゃないよ...。あーダメだ、思い出したら...。

これからは私がお客様を幸せにします。だから晤郎さん、安らかに眠ってください。そしてたまに天国から叱咤してくださいね。時には心が折れそうになるから...。

     ***

ワイン好きだった晤郎さん。本当は、最後の最後の番組で「北の出会い」コーナーに、立派なソムリエになった私が登場するはずだったんですけどね(笑)。夢は叶わなかったので、自作自演でやっています。

「ワインバー フェルマータ、ソムリエ。品田ヒロノブとの、北の...出会いです」

      ***

心からご冥福をお祈りします。

2018年4月4日
# by winebar_fermata | 2018-04-04 23:01 | 生きる。